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プーチンとメドヴェージェフ:ロシア大統領選挙

明日(3月2日)行われるロシア大統領選挙では、プーチンが後継に指名したメドヴェージェフの圧勝が当然視されている。ジャーナリストたちの関心は、大統領就任後のメドヴェージェフがいつまでもプーチンの傀儡でいるのか、それとも、かつてのプーチンがそうであったように、比較的早く庇護者から自立し、独立の道を歩むようになるか、この点に注がれている。

メドヴェージェフはまだ42歳の若さだ。2005年11月からロシアの第一副首相を務め、それ以前にはプーチンの率いる大統領府の長官を勤めているが、政治的経歴はそう長くはない。手腕も未知数だ。プーチンが彼を後継に選んだのは、その忠誠心を評価したからで、政治的な手腕に期待したわけではなかった。だから彼が果たしてどこまで、自分の信念に従った政治を行うか、今のところ外国のジャーナリストには検討がつかないのである。

メドヴェージェフとプーチンの付き合いは長い。メドヴェージェフはレニングラード大学を卒業後、恩師のソブチャクと行動をともにし、ソブチャクが国会議員選挙に打って出たときのブレーンになった。その後ソブチャクがペテルブルグ(旧レニングラード)市長になると引き続きそのスタッフを勤めた。1992年、ソブチャクはやはり教え子だったプーチンを自分のブレーンに招き、メドヴェージェフの上司に据えた。それ以来二人は今日に至るまで、緊密な上下関係に結ばれたカップルであり続けてきたのである。

ソブチャクがプーチンを呼んだのは、リベラル派で政治的基盤が不安定な自分のために、KGBの落とし子プーチンにKGBへの橋渡し役を期待したからだった。何しろKGBが生み出した網の目のような人脈は、ソ連が解体した後でも、ロシアの政治空間の中で圧倒的な存在感をもっていたのである。

プーチンがその期待に十分こたえたかどうかはわからぬが、ソブチャクのもとでは市有財産の民有化をはじめビジネスの分野で大いに活躍した。メドヴェージェフはそんなプーチンのために、主に法律上のアドバイスを担当する役目を負ったが、実際にはプーチンの側近として、プーチンが決定したことを忠実に実行する役回りを持たされたようだ。

このとき以来、メドヴェージェフはプーチンに影のようにつき従い、プーチンの忠実な下僚として働いてきた。両者の間には13歳の年の開きがあるが、それを考慮に入れても、メドヴェージェフのプーチンに対する礼節は徹底したものだ。いまでもプーチンに対して、ТыではなくВыをもちいて呼びかけている。これは召使が主人に対して発すべきとされる表現でもあるのだ。

こんな二人であるが、性格や考え方が似ているといえばそうではない。プーチンはレニングラード(ペテルブルグ)の労働者街の出身で、少年時代はネズミに囲まれて暮らしていた。彼の趣味といえば、自己防衛を兼ねた武術のほかは、野暮ったい流行歌を聞くことだ。一方メドヴェージェフはインテリを両親に持ち、物腰は洗練されており、ブラック・サバスやレッド・ツェッペリンなど西側のロック音楽が大好きだ。

考え方に関していえば、プーチンは基本的には大ロシア主義者だ。もう後戻りできるとは無論思っていないだろうが、ソ連邦の解体を痛恨のミステークと感じ、それによってもたらされたロシアの民族としての威信の低下に歯軋りをしてきた。彼の今までの政治的な実践はことごとく、ロシアを一流の国家に鍛え直すことに向けられてきた。ウクライナなど旧ソ連圏諸国との関係においては、かつての兄貴分としての威信をいまでも要求するようなところがある。

メドヴェージェフの方は、ずっとリベラルで、西側にも開かれた考えをもっているといわれる。プーチンが国力強化のためには、法による支配の原則を踏みにじって恥じないのに対し、メドヴェージェフは西欧並みの法治国家を理想としているようだ。彼はロシアの現状を「法的なニヒリズム」といって、自己批判しているくらいなのである。

プーチンは、メドヴェージェフが自分と異なった部分をもっていることは十分承知だろう。なにしろ20年近い長い付き合いなのだ。それでも彼を選んだのには、それなりの打算と自信があったのだろう。

今のところ、プーチンは5月に大統領を退いた後も、首相として残ることを表明している。メドヴェージェフもプーチンを首相にすると約束している。大統領は国家元首として無論強い力をもっているが、実務上の責任者は首相である。プーチンはその首相としての地位を活用して、当面はロシアの実質的な舵取り役を勤めるだろう。

それが二重権力の様相を呈すに至るかどうかは、今後の両者の力関係によるだろう。だが当面は、メドヴェージェフはプーチンの後ろ盾を得られなければ生き抜いていけないだろう。

メドヴェージェフはプーチンの全面的な庇護の下で大統領になれた。彼の周りには、旧KGB一派をはじめ、不気味な勢力や仇敵たちがうごめいている。いつ何時この連中に圧倒されないとも限らない。プーチンも、メドヴェージェフがそうした連中に食われてしまうのを警戒している。折角ペットに仕立てたネズミも猫に食われてしまっては、何の役にも立たない。

メドヴェージェフ時代に入ったロシアは、世界中のジャーナリストたちにとって、格好の標的であり続けるだろう。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011
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